大腸がんと腸内細菌との関係について、大阪大学などの研究グループから興味深い研究成果が発表されました。今回は、この研究で分かってきたことと、その受け止め方について、消化器を専門とする立場から整理してご紹介します。
大腸がんと腸内細菌の関係が注目されています
大腸がんの発症には、加齢、食生活、生活習慣、遺伝的な要因など、さまざまなことが関係すると考えられてきました。近年はこれに加えて、「腸内細菌」が大腸がんの発症にどのように関わっているのかについて、世界中で研究が進められています。
今回、大阪大学大学院医学系研究科と東京大学医科学研究所などの研究グループが、日本人の大腸がんを対象にした大規模な解析結果を発表し、大きな話題となりました。
大阪大学などの研究でわかったこと
研究グループは、大腸がんの患者さん200例を対象に、がん細胞のDNA全体を詳しく調べる「全ゲノム解析」という手法を用いて解析を行いました。
その結果、一部の大腸菌が作り出す「コリバクチン」という物質が関係していると考えられる、特徴的なDNAの変化のパターンが確認されました。詳しくは次の項目でご説明します。
コリバクチンとは?
コリバクチンとは、腸内に存在する大腸菌の一部が作り出す物質です。すべての大腸菌が作るわけではなく、特定の遺伝子を持つ一部の大腸菌のみが産生するとされています。
この物質は、大腸の細胞のDNAに直接結合し、傷をつける性質があることが報告されています。DNAが傷つけられると、その修復の過程で特徴的な変異のパターン、いわば「傷跡」がゲノムの中に残ることがあります。この傷跡を解析することで、そのがんが過去にコリバクチンの影響を受けた可能性があるかどうかを、後から推定することができます。
今回解析された大腸がんの約半数に「DNAの傷跡」
今回解析された日本人の大腸がんでは、約45%(およそ半数)に、このコリバクチンに関連する変異の痕跡が認められました。また、大腸がんの発生に重要な役割を持つ「APC」など複数の遺伝子にも、この痕跡に関連する変異が見つかっており、大腸がんの発生のかなり早い段階から腸内細菌が関与している可能性が示されました。
ここで注意していただきたいのは、この「約半数」という数字の意味です。これは、「日本人の大腸がんの半分は腸内細菌だけが原因である」ということでも、「この菌を持っている人の半数が大腸がんになる」ということでもありません。
大腸がんは、加齢や生活習慣、遺伝的な要因など、複数の要因が積み重なって発生する病気です。今回の研究は、その過程の中で、コリバクチンによる影響を示す痕跡が、日本人の大腸がん組織のゲノムに高い頻度で見つかった、ということを示したものとご理解ください。
若い世代の大腸がんとの関係も
今回の研究では、40歳未満で発症した大腸がんの症例において、コリバクチンに関連する変異の痕跡がより高い割合(約70%)で認められたことも報告されています。ただし、この年齢層の解析症例数は限られており、今後さらに多くの症例で検証していく必要があります。
これは、「若い世代の大腸がんの多くに、この痕跡が見られた」ということであり、「若い人の70%が大腸がんになる」という意味ではありません。また、この結果は、「若い人は全員、大腸内視鏡検査を受けるべきだ」ということを直接示すものでもありません。
ただし、大腸がんは若い方にも起こり得る病気です。年齢に関わらず、血便や便通の変化など気になる症状が続く場合や、ご家族に大腸がんの方がいらっしゃる場合には、年齢だけで判断せず、一度医療機関にご相談いただくことをおすすめします。
では、便を調べれば大腸がんのリスクがわかる?
「それなら、便を調べればコリバクチン産生菌の有無や、将来の大腸がんのリスクが分かるのでは」と思われるかもしれません。
しかし、今回の研究で調べられたのは、すでに発生したがん組織のゲノムに残された「過去のDNA損傷の痕跡」です。これは、現在一般的に行われている便潜血検査や、自由診療などで行われている腸内フローラ検査によって直接調べられるものではありません。
実際、今回注目されたコリバクチンを産生する大腸菌は、便の中にはあまり多く含まれていないため、通常の便を用いた腸内細菌の解析では検出が難しいことも、研究グループから報告されています。
将来的には、この菌を検出する方法や、除菌による予防、便検査を用いたリスク評価などの研究が期待されていますが、現時点ではまだ研究段階であり、実際の診療で使えるところまでは進んでいません。
今、私たちができること
今回の研究は、大腸がんの原因を理解するうえで非常に重要な一歩ですが、現時点で、私たち一人ひとりが日常生活の中でできることは、これまでと大きく変わるわけではありません。
現時点で明確に言えることを整理すると、次のようになります。
- 特定の腸内細菌を調べることで、将来の大腸がんのリスクを予測できる段階にはありません
- 特定の食品やサプリメント、乳酸菌、プロバイオティクスなどによって、今回の研究で示されたタイプの大腸がんを予防できると証明されたわけではありません
- コリバクチンを産生する菌を、一般の診療で検査し、除菌する段階にもありません
一方で、大腸がんについて、現時点ですでに確立している対策もあります。
日本では、40歳以上の方を対象に、年に1回、便潜血検査を受けることが推奨されています。これは、大腸がんやポリープなどによって便に混じった、ごくわずかな血液を調べる検査です。
便潜血検査で「陽性」の結果が出た場合には、そのままにせず、必ず精密検査を受けていただくことが大切です。陽性であっても必ずしもがんがあるとは限りませんが、精密検査として通常、大腸内視鏡検査が行われます。
また、血便や便通の変化など気になる症状がある場合には、検診の対象年齢を待たず、早めに医療機関にご相談ください。
まとめ
今回の大阪大学などの研究は、日本人の大腸がんと腸内細菌、特にコリバクチンとの関係について、大規模なゲノム解析によって重要な知見を示した、たいへん興味深い成果です。今後、この分野の研究がさらに進むことで、新しい予防法や早期発見の方法につながっていくことが期待されます。
一方で、現時点では、腸内細菌を調べることで大腸がんのリスクを個別に予測したり、特定の方法で予防したりできる段階には至っていません。今、私たちにできる最も確実な対策は、これまでと変わらず、年齢に応じた大腸がん検診を受けること、そして気になる症状がある場合には我慢せず医療機関に相談し、必要に応じて大腸内視鏡検査を受けることです。
便潜血検査で陽性を指摘された方や、血便・便通の変化など気になる症状がある方は、消化器内科へご相談ください。
